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それなりに長さのある文章置場兼描いたもの置き場。 よそ様のお子さんをお借りすることもあります。その時は親御さんの名前を明記いたします。
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壱ツ別れ話。
大学に上がる前。お互いの進路が決まった頃。
つっこ視点。

DxFさん宅壱さんお借りしましたー!






「別れよう」

冗談に聞こえるように、目を細めて、笑顔で言うはずだったのに、
凍った空気を振るわせたそれは、おもしろいくらいに真面目くさっていて。

壱はそっと目を伏せて、黙っていた。

そんな彼の姿を見て、ああ、今のは正解だったのだ、と思い直す。
万が一にも”冗談”などと聞こえてしまったら、もう二度と同じことは口に出せなかったのではないか。

それでも私はその重たい空気に怖気づいて、
笑みの形をした顔を無理矢理にさらに引きつらせて、言った。

「アタシのことは気にしなくていいから。新しい彼女でも作っちゃえよ。」

さっきのとは真反対の、おちゃらけた声音になっていたと思う。
そうそう、これがアタシ、と普段の自分の調子を取り戻せたことに気を良くして、ぎゅっとバットに力を込めた。
顔を正面に、消えかけた「ホームラン」の文字を凝視して、白い速球の一投を待つ。

”アタシは今から投球マシーンのお相手をしなくちゃいけないので、壱の顔を見ている余裕はないのです。”

背中で彼にそう言って、どこまでもズルイ私は恋人だった男の最後の顔さえ見届けてやらない。


バッティングセンターのデートに誘ったのは私。恋人関係を解消したいと思っていたのは私。今日この日この場所で別れを切り出すつもりだったのは私。わざわざ隣の隣に人が居るこの打席を選んだのは私。

私が壱に別れを告げるのに一番都合のいい条件を作り出した。

結果、とんとん拍子に事は運んで、シナリオ通りに私は壱にそれを告げた。


「それ本気で言ってるのか?俺がツツ子のことその程度にしか想ってないって、本気で思ってんのか?」

黙っていた壱が、ようやっと声を出す。

ああ、背中が痛いな。
壱はどんな顔してるんだろうな。気になるけどそれ以上に怖いから嫌だ。
だいたいそれ以前に”上半身を後方に捻って振り向く”という行動を起こせないのだ。体が拒絶反応を示してる。

壱は疑問符つきで私に問いを投げ掛けた。それはつまり、私の答えを待っているということ。
でも私は返事をしない。
だからとても静か。
白い閃光が肩の横で風を切る。何拍も遅れてバットが振られる。打つ気迫なんてさらさらない、いい加減なフォームだ。
ゴツン、とバットとコンクリの地面が触れる音。

冗談”っぽく”言おうとしたけど(結局失敗したけど)、紛れもない”本気”だ。
私だって考えて考えて悩んで悩んで、頭痛がしたし吐き気がしたし泣きたくなったし開き直ったりもして、

出した答えがこれなのだから疑わないでほしい。

『分かっていますか?』なんて分かっているはずの壱に心中で疑いをかける私も私だけど。


分かっていますか?
私たち、これから違う学校に通うのですよ。全く違う将来を目指すのですよ。
壱は大学に上がって本格的に野球を始める。私は私で有名な彫刻家の先生のもとで作品作りに没頭するだろう。
地理的にもすごく離れていることはもちろん、絶対、全然会えないだろうと思う。

それにね、予感がする。
私は自己中心的な人間で、やはり大切なのは私の気持ち。私の気持ちはこれから先の彫刻に捧げる人生に胸躍らせている。
楽しみで楽しみで仕方なくて。待ち望んだチャンスを棒に振ってまで壱のそばに居たいと思えない。
きっと、寝食などどうでもよくなるほど彫刻にハマるだろう。たぶん、壱に逢いたいと思う気持ちも薄れる。

あなたが逢いたいと思うとき、私は同じことを感じていない。

知っていますか?
私は一人の男に溺れるような情愛の激しい人種ではありません。
けれど、自分の可能性を短い人生の内に証明させたい芸術家、ではあるようなのです。

すぐに会える距離なら良かった。
気まぐれに求める私の熱情をあなたは受け止めてくれるだろうから。

でもね、違うでしょう。現実は違うでしょう?
あまりにも遠いのです。会えない、逢えない。
逢えない私はあなたを忘れる。彫刻-別の物-でいっぱいになった私のあなたの面積は狭くなる。

壱のことを一番に想ってやれない女なんて、壱には相応しくないと、思えてならず。
これは自虐なんかじゃなく、あくまで客観的に自分と彼とを見やった末の考えなのだ。
今もまだ壱のことが好きだから、大切な人のままだから、幸せになってほしいと想う。切に願う。
壱の隣で微笑むのは、彼を何よりも誰よりも想いやる人でいてほしい。
彼以外のすべてを投げ出すことも厭わないような、そんな一途な子。

まだ見ぬ未来の壱の恋人に、私は想いを託す。

”どうか彼のそばで、彼を支えてください。よく出来た人だけど、完璧な人間ではないから。
 彼が迷い、悩むようなことがあったら、そっと暖かく抱きしめてください。”


「大丈夫。壱はモテるからすぐに彼女なんて出来ちゃうって」

長い長い独白の末、壱にしてみれば長い長い沈黙の後、私は彼の問いには答えずそう言った。

「ツツ子はそれで幸せになれるの?」

「なれるよ。」

壱の目を真っ直ぐ見据えて言えたら完璧だったのに。
残念ながら私にはそこまでの度胸はなかった。ズルくて臆病だからな、無理もない。


「なら、

 別れよう。」


胸がつきんと鳴った。
肩口で風を切る音。
一体何球見送り三振したのか。こんなに成績の悪い打者もそういまい。


「ありがとう」


私の我が侭を受け入れてくれて。
本当に、よく出来た人。なんで私なんかが彼の隣に居たのかな。人生って不思議ね。

いつだって私の気持ちが優先。あなたの心はどこに置いてきたの?
私じゃ、見つけられなかったな。

だから、今度は、

あなたの気持ちを何度も確認してくれる優しい子に、


”あなたの気持ち”を見つけ出してほしいな。

 


桜の花びらが一片舞い込んだ。

そうか、そんな季節だっけ。

私の春はもうどこにもないけど、壱の春はすぐそこで芽吹いていればいい。
あの桜みたいに、綺麗な薄桃色の花を咲かせたら、もっといい。




+++++++++++++++++
最後の部分だけもう引越し終えて離れ離れになった後。
壱さんのセリフはDxFさんのコメントから頂戴いたしました^^
「隣の隣に人のいる打席」がいいのは、近くに人の気配があると気が紛れるっていうのとお互い感情的になるのは憚れるからで。隣だと近すぎて逆に切り出せない。

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