ドワのお店には色があるなって思う。
わたしの可愛いリリーはピンク色。おしゃべりで明るくて、人恋しいさみしがり。
ボタンやリネンやリボンで着飾って、興味のあるものはなんでもポケットに。
きっとちょっとお節介。「手芸はやさしいのよ」って教えたくてうずうずしてる。
空みたいなパステルカラーのドワだけど、石蕗だけはちょっと違うな、って、
ほら、今日も感じてる。
「世義さん、隠れたってあたし見えちゃいましたからね」
低い声で言ってみる。ちょっと意地悪く聞こえたかしら?
でもね、だってそうでもしないと、聞こえないフリして姿を見せてくれないんだから。
ちょこんと顔を出してから、すぐに引っ込んだ。
しばらく待ってみたけど、また顔を出すことはない。
だいたい理由は分かるからいいけどね。「こんな顔してる」って想像できて、ついふふっとこぼれる。
それはそれで幸せだけれど、これじゃあなんのために来たのか意味がなくなっちゃう。
ねえあたし、世義さんに会いたくて来たのよ?
仕方ない人。
でもこうして迎えに行くこと、わたしの好きなことの一つでもあるの。
「ねえ世義さん」って背中をつついて、広い肩と睨めっこしながら意地っ張りをなだめすかす。
最後にはいつもあたしの勝ち。渋々向ける照れた顔が好きだから、わたしはご機嫌に笑うの。
石蕗の独特のにおい、実は少し前まで苦手だった。
慣れてしまえば平気だったけれど、お店に入るとじんわりと外の空気から石蕗の空間へと塗り替えられていく。
肌に徐々に染み込んでいくその感覚が、少し不気味だった。
和紙のにおい、糊のにおい、錦糸のにおい…ほら、他のお店にはないから。
それがいつからだろう、石蕗の独特が、そうじゃないんだって教えられた。
他の布とは違ってちょっと厚い石蕗の布は、手の平で挟むとかすかな弾力。その厚みがどこか心強くて安心した。
指先にあたる細かに刺繍された糸をたどれば花の形。世義さんが菊の花だって教えてくれた。
わたしはそのお気に入りの布で巾着袋を作ることにした。
世義さんに教えてもらったことだから、彼に「ありがとう」を伝えなくちゃと思った。
わたしが石蕗を、近くに感じられるようになったのはあなたのおかげでもあるから。
あなたは人に影響を与えられる存在なんだよ。だから自信持って。それを分かって。
まさか、世義さんからも巾着袋をもらうなんて思いもしなかったけれど。
突然で、「まだ何を入れるか決めてないや」って正直に白状したら、世義さん「俺も」って。
いつかきっと大切なものが見つかるまで、待つのも悪くないな、って、そう思えるの。
ふっと気付いた。
石蕗が世義さんからもらった巾着袋と同じにおいだってこと。
一度受け入れたら、石蕗のすべてが興味深く思えた。
多彩な柄の布地、染色、帯、かんざし、組紐。
苦手だったにおいも、すっかり気にならなくなった。
石蕗のお店に入るといつも「ただいま」とつぶやく。石蕗から初めて「おかえり」を言ってもらえたこと、気のせいにしたくないから。
「世義さんは海、好き?」
「どっちかつうと」
「好き?」
「……そういうことにしとけ」
「じゃあ、行きましょう!」
世義さんには伝えてないけれど、初めて二人で出かけた海のにおい、忘れたくないから、砂浜の白い砂を瓶にすくって巾着袋に入れて持ち歩いている。
それが、わたしにとっての一生大切にしたいものだって、確かな予感がするの。
「茶色だと思ったんです」
「なにが?」
「石蕗のイメージカラー。でも、今は違うの。」
「白と青」って言ったら、「そんなイメージ持ってるのお前だけだ」ってぶっきらぼうに世義さん。
「ひどい」なんてむきになって言い返そうとしたら、「俺と同じだ」と、わたしの顔を見ないで続ける。照れくさくて、でも大事なことを言うときの癖だよね、知ってる。
「俺のヴィガーリリーのイメージカラー、と」
不覚にもちょっと…どころじゃなく動揺してしまった、なんて、世義さんに言えないけれど。
可愛いリリーは、わたしをつたって白と青に染まって、彼に「おかえり」って言ってる。
きっと、そう。
だって今、波の声がしたから。
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