「はい、遅刻。」
右目に眼帯の少年はうつむいたままで、声をかけた。
それは独り言ではなく、明らかに侵入者に向けて発したもの。
下を向いている理由というのは床にトランプを並べているからだった。
それを使って何をしているのか、薄い光と共に体育倉庫に現れた侵入者には判り兼ねたが、
気にせずつかつかと少年のとなりまで歩み寄る。
「一人でトランプ?なに寂しいことしてんの?」
「整理してんだよ。誰かさんが遅れたおかげで一人で出来ることなんてこのくらいしかありませんでしたからね。」
少年の厭味ったらしい口調に、となりにすとんと腰をおろした少女はわずかながら眉根を寄せた。
「わるーござーましたー。はい、これでいいですかー?」
「はいー、いいですよー?」
軽口の叩きあい。決して快い空気だとは言えなかったが、それでも体育倉庫の中がどんよりと暗くなることはなかった。
そういう、仲なのかもしれない。軽口を叩きあうことが一種の恒例で、彼らのコミュニケーション。
打ち解けあった間柄だからこそ出来る芸当とでも表現すべきか。
「愕山夕は?」
「遊びに行った。ったく、俺だけ置いていきやがって」
「ふーん。さすが男子」
「俺も男子なんだけど」
「えー?だってまっつんは女の子でしょー?私だって妬いちゃう可愛さだしー^^」
「ざけんな、うさぎ」
そこで初めて顔を上げる。
少女の言葉通り、睨みつける少年の顔は少女と間違えられてもおかしくはない整った顔立ちだった。
「あーそうだ尊襄寺。」
少年は眉間に込めた力を弛緩し、少女の赤い瞳を見据える。
「なに?」
少年の視線から若干真剣なものを感じた少女は、心なしか居住まいを正した。
「今あいつがいないから言うけど。バレバレだからな。おっまえなぁ、自分が思ってるより大分隠し事すんの下手なんだからな」
「……は?え?言ってる意味が分からないんすけど。」
「だから、愕。好きなんだろ?」
尊襄寺と呼ばれた少女はぽかんと口を半開きに、視線を一定の箇所で泳がせた。それは実にまぬけな面で…。
「いや、ちょっと待って。え、なにそれ。だってあれだし。愕だし。あれだよ?あれだよね?!」
「なんで俺に聞く」
少女の顔はみるみるうちに赤く染まり上がる。
両手を耳にあててぶんぶんと頭を左右に振ってみるが、それで混乱が払拭されるわけにはいかなかったようだ。
むしろ混乱はさらに混乱を招き、本人もわけの分からない単語の羅列を始める。
「いや、あれだし。弁当だし。まじない。まじでない。気功とかなにそれ。ジャッキーじゃん!いや、ジャッキーは酔拳か…ってそうじゃないっての!確かにちょっとかっこいいと思ったけど…それとこれとはお門違いじゃんね。あー!なんかお門違いの使い方ミスった気がする!!ってああもう!まっつん、私ナニジンよ?!」
「日本人だろ」
少年、祭の冷静な突っ込みが効いたのか、少しずつ落ち着いてきたらしい。
少女はとりあえず、興奮して膝立ちになっていた体勢からぺたんと床に尻をつけて座りなおした。
「はいはいどうどう。まずは現状把握しような。はい、その一。なにお前、自覚なかったわけ?」
祭に背中をとんとんと叩かれながら、尊襄寺は渋々言葉をつづった。
「ないです。なにそれ。私がまじびびったんですけど。
でもそれ以上に、まっつんに言われて『ぎくっ』ってなった私の心の声っていうの?効果音?が信じらんない…。」
「お前それ確実に好きだろ。」
「もう恋なんてしないって決めたのに…」
「まっきーか」
「古い」
「そう言うお前も元ネタ知ってんじゃねえか」
祭は大きなため息を一つ吐き出すと、頬杖をついて唸りだした。
「んー…どうするかぁ…って考えたんだけどよ、ここで俺が悩むのおかしいだろ。悩むのはお前だろ。で、どうすんの?」
「いやなこと自覚させたのはそっちなんだから責任取れよー!どうすんだよー!」
「当然気づいてると思うに決まってんだろ!!チームで動いてるときにも恋する乙女炸裂しまくっといて、なに言うか?!」
むきになって張り上げた声に、尊襄寺は祭の予想外の反応を返した。
彼は当然、目の前のこのチームメイトならば多少ヒステリックに言い返してくると思っていたのだが、
「…え、ちょ、まじ…?」
耳まで赤くして頬を染めた。
「いきなり赤くなんな。無意味に今俺も照れただろ。」
「ちょ、ちょちょっと、詳しく聞かせろっ…」
激しくどもりながら祭の襟首を掴んで揺らす。
「自分のことだろ…お前、アホ…」
祭は哀れな生き物を気の毒そうに見下ろす。
「いいから…!こちとら必死なんだよ…」
「基本的にずっと愕を見てる。愕が笑ってるとお前も嬉しそうに笑いだす。愕がお前に触ると俺らが触るよりオーバーリアクションだ。やたら愕と一緒に行動したがる。他には、」
「あーーー!!!いい!もういい!!それ以上痴態を曝すなー!!!」
尊襄寺は聞いていられないとでも言うように頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「言えっつったのそっちじゃん」
「うるさい。うーわー…なにそれ。重症じゃん。それ恋以外の何物でもないし。」
「だから言ったろうが」
少女は頭を抱えたまま、蚊の鳴くような声で弱音を吐きだす。
「どうしよ…」
少年は立ち上がると、整理したはずのトランプを惜しむことなくバラバラに切り直した。
「とりあえず、あいつらが帰ってきたらどんな顔したらいいか考えておいたら?」
直後少女の叫び声が体育倉庫にきれいに反響したことは言うまでもないだろう。
PR