嫌な夢を見た気がする。だからきっと目が覚めたんだろうけど、寝返りを打ったら忘れてしまった。得てして夢なんてそんなもんなのかもしれない。
目を瞑る。もう一眠りしようかと思案して、いやいや思案している時点ですっかり覚醒しているではないか、と潔く起き上がる方向で脳内会議を進めて行く。
とりあえず目を開ける。
「あ」
驚いた。なんと隣に人が寝ていた。
即座に昨夜まで記憶を巻き戻し、合点がいく。なるほど、ならば布団の温もりを肌にダイレクトで感じるのも納得だし、私が枕にしていたのが彼の腕なわけだ。とはいえ、まさか一晩この状態だったのだろうか。いくらなんでも痺れただろう。
申し訳なさから、急いで体を起こして離れる。弾みで布団が腰のあたりまでずり下がった。上半身が外気に晒される。
「ひっ」
直後、奇襲に遭う。布団という名の要塞への撤退を余儀なくされた。
「さっっむ!!」
寒い。ちょっとマジでシャレになんない。寒い。朝っぱらガチのトーンで抗議の声を上げちゃうレベルには寒い。
ちょっと待って。今の季節っていつ?12月?冬?あ、そりゃあ寒いわ。なんで素っ裸でダウンしてるの?バカなの?
せめて1分前の体感温度に戻らないものかと、せっせと自分で自分の体を抱きさする。
「何してん」
「へ?」
突然にゅっと伸びてきた腕に、なんともマヌケな声を上げてしまった。
そこまで体をさする行為に夢中になっていたことも恥ずかしいし、それで起こしてしまったこともなんともいたたまれない。自分のあまりのダサさに、このまま貝になって消えたい衝動に駆られる。
「今度は丸くなった」
「恥ずかしさで死にそう」
気付いたら覆いかぶさるように抱き寄せられていた。耳元で彼が小さく笑ったのが聞こえる。
「それはナシや。俺が困る。」
こういうことも言ってのけてしまう恋人なのである。全く本当によく出来ている。
おかげ様で、私は余計に顔を上げられなくなっている始末だ。
ああ、もう。ほら、やめて。突っつかないで。優しく背中ぽんぽんしないで。そんなことしたってガードは崩さないんだからね!
「な、瑠依、俺の顔見てくれへん?」
「ん?」
そう促され、私はつい反射的に顔を上げてしまった。バチリとぶつかる満足げな視線に、自分の犯した失態に気付く。しまった。まんまと策略に嵌った。
だって!ねえ!「見せて」じゃなくて、「見てくれ」ですよ!見ちゃうじゃん!
「やっと瑠依の顔見れた。おはよーさん」
人を見事に術中に陥れておいて、この邪気の欠片もない爽やかスマイルだ。まるで、本当にただ私の笑顔が見たかっただけみたいじゃないか。くそう。
「おはよ…」
顔が熱い。照れているのを悟られたくなくて、目線を逸らして素っ気なく挨拶を返す。
それが気に入らなかったのか、はたまた無意識なのか、彼は私の顔を両手で包んで半ば強引に目を合わせた。
「さっきのって寒いから体をあっためようとしてた?なんで?俺でええやん」
「ええっと…それは、つまり……『俺があっためたるで!』ってやつ?」
彼からほんのわずかに感じる不機嫌オーラに気圧され、ついついはぐらかそうとギャグ路線に面舵いっぱいしてしまう。
「それな。なあ、瑠依ってまだそういうとこあるよな。たまに一線引くやろ。俺が信じられへん?」
まずい。失敗。船首は望んだ方向へと舵を切ってはくれなかった。空気が重いだけならまだしも、正直これは触れてほしくない話題だ。
どうしよう。どうやって逸らそう。
可能な限り視線をうつ向かせて、必死に逃げ道を探す。
「……とか迫ったら、逃げんのも知ってる。ほら、腰、引けてる」
言われながら、腰をぎゅっと引き寄せられた。抵抗する間も与えられずに、強制的に体を密着させられる。すぐ傍に彼の鼓動と体温。
「な?」
たった一言、それだけでも彼が何を聞きたいのか分かった。
私はこくりと頷いた。
ああ、なんて容易い。一人分の熱じゃ一向に温まらなかったくせに。自分以外の誰かに抱き締められた。たったそれだけで、こんなにも呆気なく満たされるなんて。
すり、と彼の首元に額をこすりつけると、前髪に彼のキスが降ってきた。
「忘れたらええ」
「何を?」
「嫌な夢見たんとちゃうの?」
「…………私ね、時々、咲のことが怖くなるんだけど」
返事の代わりにもう一つキスが落ちてきた。今度は鼻のてっぺん。
「まあ、愛してますから」
キザな男め、と茶化す前に、まぶたに、頬に、耳に、と次々とキスの嵐が降ってきた。
なんだこれ。私はキスされるためのお人形さんか!と、ここでよく分からない対抗心を燃やしたのも、我ながらちょっと理解に苦しむ。
兎にも角にも、私も彼の肩やら首やら頬やらにキスの連続攻撃を仕掛けたわけだ。
この時の状況を冷静に分析すれば、バッサリと言い捨てることができる。
なんだこのバカップルは!!!
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