今私たちがいる空き教室に西日が射す。
薄く目を細めて、そろそろ照明を点けなければさらに目が悪くなってしまいそうだ、なんて考える。
私はうなだれたまま、そっと首を横に振った。
「嫌いじゃない。でも、なんで私なのかやっぱりまだ分からない。」
「どういう意味?」
黒兜は珍しく、本気で分からないといった顔をした。
「私バカだし、天才肌でもないし、これといった才能もないし…虚勢張ってないと人気者のあんたの隣に立てなかった。
周りから喧嘩相手だって認識されてれば、つけ上がってる、なんて思われない。自然体であんたの隣にいられたの。
でも…」
そこで一区切り置く。
意識していなかったけれど、いや、しようとしていなかったのかもしれない。
自分が黒兜に対して劣等感を持っていたこと。
それを吐き出すことで、胸の引っかかりがほんの少し、ほどけた気がした。
「でも、今は違う。」
じっと黒兜の目を見据えた。
彼は逸らすことなくそれを受け止めてくれて、私はそれが泣きそうなほど嬉しかった。
安心して、私はさらに言葉を続けた。
「だから、追いつかなきゃって。少しでも黒兜に釣り合う人間になろうって。
無理だって分かり切ってるのに、こうやって放課後一人で勉強なんか始めちゃったりしてさ…
あはは、ほんとバカだよね」
堪えていたのに、なぜだろう。自分の不甲斐なさを身に染みて悟ってしまったからだろうか。
目から涙が溢れた。
泣くのは嫌なのに。ただ相手に自分の弱さを露呈して救いを求めているようだから。
黒兜は返事をしない。教室に降りる沈黙が私の肩に重くのしかかる。
気まずさに身じろぎをしたのとほぼ同時、黒兜が口を開いた。
「それってさ、誘ってるの?」
にやにやと笑う黒兜の顔。
私は今の言葉がうまく飲み込めず、しばらくぽかんとフリーズした。
そして、起動再開。
「…は、はあ?はああ!?はあああ!!!??なっなに言って…!!んなわけないじゃない!!」
私は思わずバッと立ち上がる。
人が真剣に心の内をさらけ出したというのに、どうしてそんな台詞をのたまえるのか。
というか、なにをどうやったらそう捉えられるのか!!
私は憤慨と恥ずかしさとで顔を真っ赤にたぎらせて訴えた。
「いや、だってそうとしか思えないし。
俺にふさわしい女の子になりたくて、こうやって毎日放課後に一人で勉強してたんでしょ?この空き教室で。
ふふっ。それってさ、すごい愛情表現だと思ってね。おれって愛されてるなあ」
などと黒兜は含みのある笑い方をする。
こっちは顔を真っ赤にさせて動揺しているというのに、なんだこの男の腹に据えかねる態度は!
「と、いうかちょっと待って。なんで『毎日』って知ってるの!?」
「あ…まず」
黒兜はわざとらしく口を手で覆う。
「ごめん。実はもっと前から篝がここに来てるの知ってた。
他に人がいないみたいだったし、いつか襲おうとは思ってたけど」
さらりと爆弾発言を告げられ、私はぱくぱくと口を開閉するしかない。
目まいを覚えた気がして、ぺたんと椅子に腰を下ろしてしまう。
「っていうのは半分冗談として」
「半分…?」
「半分本気だからね。大丈夫。無理強いはしないって。ちゃんと許可取って事に及ぶから」
「……」
こいつが言うと冗談に聞こえないのだからたちが悪い。
「まあでも、」
黒兜の声が鼻先にかかる。
(ち、ちかっ…!)
いつの間にか額が触れ合うほどの至近距離に黒兜の顔が迫っていた。
頭を引く隙すら与えられず、呆気なく目前の男に捕まる。
右手首を掴まれ、頭をしっかりと抑え込まれて、机越しにキスを交わした。
突然触れた唇の感触と口内に侵入してくる彼の舌に、始めは驚きに目をぎゅっと瞑ってしまった。
しかし、彼のそれを抵抗できないどころか、こちらも同じ物を絡ませ求めてしまうのは惚れた弱みとしか思えなくて。
こいつに都合のいいように踊らされている、と自覚しつつも止められない。
「このくらいはいいでしょ?」
「はぁ…ん」
私たちは時折吐息を漏らしながら、何度もキスをした。
最後にちゅっと音を立てて黒兜の唇が離れる。
「へー驚いた。嫌がると思ったのに」
彼はクスッといたずらっぽく笑う。
「…私だって、黒兜のこと好き…だもん」
なんとか彼の目を見て口にできたけど、やはり恥ずかしさに耐えられなくてすぐに逸らしてしまった。
「篝、君さ、それが誘ってるんだって自覚…」
「へ?」
「ないんだよね。ああ、分かってるよ。ったくなぁ」
急に頭を抱えてうなだれる黒兜の行動の理由が分からず、私は首を傾げるしかない。
しばらくぼーっと彼の丸まった背中と後頭部を眺めているだけだったが、
私の視界に隠れて何やらもぞもぞ動いてるのに気づいた。
顔を覗き込んで、状況を把握すると軽い怒りを覚えた。
「そういえば眼鏡…」
そこにあった光景は、黒兜が私から奪った眼鏡をひっくり返したり折り畳んだりしている、というもので。
「ん?ああ、これ。篝が俺を満足させてくれたら返そうと思ってたんだよね。」
「はあ?なにその条件。いいから返してよ!」
手を差し出してみるが、黒兜はにこにこ笑うだけで眼鏡を離そうとはしない。
「どうしよっかなぁ~。俺だってさ、あんなに激しくキスされちゃ返すしかないかなぁって思ってたんだけど、」
言われて、先ほどまでの自分の行いを否でも思い出さされた。
「うぅ、そ、そそそういうのは言わないでよ!!!」
かぁっと全身に血が上る。ああ、もう、恥ずかしい!
「ごめん、俺もう我慢できそうにないや。」
「………え?」
「いい?篝がそんなに可愛いのが悪いんだからね? 俺を満足させてよ」
黒兜から言わしてみれば、「劣等感なんて感じる必要ないのに」と安心させたかったらしい。
その気持ちはすごく嬉しいのだけど、でも…
でも正直、こんな形は今後一切お断り願いたい。(心も体も耐えられそうにないので)
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お粗末さまでした…地面に穴掘って埋まってきます…
迅篝はこんなんでいいと思ってます。ひわーい\(^q^)/