ショートケーキをぺろりと平らげてしまった息吹に、一切れの半分で早々に音を上げてしまった草臥は宇宙人でも前にしているかのような視線を送る。
「何?」
「いや……」
(すげぇなと思って…)という続く言葉は喉の奥で飲み込むことにした。
「そうだ!私からもプレゼントあるの。ちょっと待ってて」
息吹は立ち上がると、絨毯の隅に置かれた自分の鞄のもとに向かった。
「え………」
その弾んだ背中を見送る草臥の額に嫌な汗がにじむ。
(プレゼント…?は?マジで?俺にだよな…そりゃそうだよな……)
戻ってきた息吹の手の中には、赤いリボンで巻かれた茶色い箱が。
そいつはベタなほどに“クリスマスプレゼント”の様相を備えていた。
草臥の額の汗が、さらにじわりじわりと吹き出てくる。
「はい。メリークリスマス!」
息吹の満面の笑みがぐさりと胸に痛い。
「おお…どうも」
どうしても目を合わせることができず、その茶色い箱に目線を落とすしかなかった。
それでもちらりと彼女の表情を盗み見ると、早く開けてと言わんばかりにこちらを真っ直ぐと見つめる双眸が。
(うっ……)
草臥は観念して、スルリとその肌ざわりの良いリボンを解いた。
中身は手袋だった。無論男物で、ダークブラウンの飾り気のないシンプルなデザインだ。
どちらかというと地味な物を好む草臥は、すぐにこれを気に入った。
「いいでしょう?」
息吹は相変わらずにこにこと明るい表情をしている。
しかし、快いはずのそれが草臥にとっては余計に居心地を悪くさせる原因の一つにしかならず。
この顔を曇らせるのは気が引けるが、黙っておくのはさらに危険だ。
草臥は意を決して打ち明けることにした。
「あのな、息吹」
「ん?」
「お前には悪いんだけど、その……悪ぃ、俺からお前に贈れるもんないわ」
それというのも、理由は先日の息吹の態度にある。
あまりにも興味が薄い様子だったので、これはイブに何もしないのだろうと読んだ。
だからもちろんプレゼントも用意はせず、言われた通りにピザのデリバリーを注文し、
気まぐれでケーキを買って帰宅した。
そして、居候から思いがけずプレゼントを受け取ってしまい、窮地に立たされているのが現在、というわけだ。
「………」
息吹はきょとんと目を丸くしたまま動かない。
「ええっとだな…」
気まずさに耐えきれず草臥が声を上げたその時、ちょうど息吹のそれと重なった。
「あのケーキは?」
「………ああ!」
暗闇の中で一筋の光を見つけたよう。草臥は身を乗り出した。
「じゃあ、そういうことで!」
しかし、息吹の次の言葉で再び監獄に引き戻された。
「“じゃあ”……?何それ、つまりプレゼントのつもりじゃなかったってこと?」
「い、いや……あのな、言い訳さs」
「何も用意してないの?!信じらんない!!」
立ち上がって激昂する息吹に気圧され、草臥は口を挟むことも叶わない。
しかし、だからといってこのまま怖気づいては先に進まないのも事実だ。
「じゃあ、こうしよう。今からお前の欲しいもんなんでも買って来てやるから」
「こんな時間にコンビニ以外のお店が開いてると思ってる?電車だって動いてないよ」
「うっ……」
下手に出る作戦を決行したものの、ばっさりと撥ね退けられ、結果は惨敗。
「それ返してよ。」
「は?」
「それ。その手袋返してよ。当然でしょ?これでイーブンになるじゃない」
「いや、返してどうすんだよ?お前が使うの?」
「……そっ、それは……」
草臥は息吹がわずかに怯んだのを見逃さなかった。
こんなチャンスをむざむざふいにする訳にはいかない。
すかさず二の句を継いだ。
「だったらこうだ。今日限りお前の言うことなんでも一つ聞くから。それでチャラだ。」
「………なんでも?」
「そう、なんでも」
一蹴されることも覚悟した一か八かの賭けだったが、思いのほか上々の反応を得られた。
続く息吹の反応をソファに座ってじっと待っていると、彼女はストンと草臥の隣に腰を下ろした。
さあ、なんだ?と体を固くする。そんな草臥に対して息吹が取った行動は、彼の予想外のものだった。
細い指がすっと伸びたかと思うと、草臥の顔を包みこんだ。
そして覆いかぶさるように息吹の顔が接近する。
草臥は事態が飲み込めず、口をぽかんと半開きにさせたまま。そこに息吹の柔らかな唇が触れた。
触れるだけのキス。
顔を離す彼女の髪からほのかにシャンプーが香った。
「息吹……?」
呆然とする草臥に、彼の服の裾を掴んだままの息吹は頬を桃色に染めて答えた。
「言ったじゃない。ユウちゃんのこと下心なしで見られないって」
息吹は草臥の耳元に唇を寄せて囁いた。
「だから、今夜はユウちゃんをちょうだい」
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「下心なしで見られない」は息吹が有理先生のもとに戻って来たときに言ったセリフ。
ただの居候じゃいられないよ?また誘惑するかもしれないよ?それでも受け入れてくれる?的な意味を込めて…。