男と女の間にはどうやら相性というものが存在するらしい。
食べ物や服装の好み、趣味など、相性が悪いと言い合いの種になりかねない。
それらは女…鈴原里唯子にも理解できた。
が、テレビでバラエティ番組を鑑賞していたりいこに一つだけ疑問が沸く。
セックスの相性とは一体なんなのか?
「ねえ大ちゃん、わたしたちって相性いいの?」
「…なんや突然」
今まで大人しくアホ面引っ下げてテレビ画面を眺めていた恋人。その彼女に突然質問され、大吾は少々面食らった。
質問をされるに至った流れは分かる。
今自分たちが観ているテレビ番組は恋愛をテーマに扱ったもので、視聴者の経験した恋愛を再現ドラマにしたり、スタジオにゲストとして招待された芸能人の過去の恋愛話を聞いたりする。
りいこがなぜ「相性」なんて単語を口にしたのかといえば、ゲストである女優が大学時代付き合っていた彼氏との相性がどうのこうのと話していたからだ。
しかし大吾が面食らった理由は話の流れではなく、りいこがそこに反応したことにあった。
普段なら、いつものへらへらした締まりのない顔でそのまま聞き流すだろう。
りいこが食い付くことはおよそ2つに分類できる。
1.難解な単語(四字熟語の類がいい例である。)
2.常人なら見ていない画面の端や背景へのツッコミ、という名のボケ
今回投げかけられた質問はそのどちらにも属さない、いわゆる「普通の女の子らしい」質問ともいえた。
大吾が目をぱちくりさせていると、りいこがまた別の問いを口にした。
「わたしは計算苦手だけど大ちゃんは得意でしょう?」
「そ、そうやな。どっちかっつったらな」
「うん。大ちゃんの料理はそんなにおいしくないけど、大ちゃんはわたしの作ったご飯おいしいって言って食べてくれるよね?」
「…悪かったな、マズイ飯しか作れなくて」
「たまにおいしいのもあるよ!それでね、それってわたしたち相性がいいってことだよね?」
「んー、まあな。高校の時からずっとこうやって続いてるしな」
数回問答を繰り返したが、相変わらず大吾には恋人が意図することが見えなかった。
「しばらく様子を見るか」と決め込んで、りいこの次の言動を待つ。付き合いが長い分、こんなことには慣れっこだ。
「そうだよね!わたしもそう思うの。だけどね、一つだけ分かんないことがあって」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せたかと思えば、二言目にはしゅんとうなだれる。
大吾はなんとなく嫌な予感がした。何がどう悪いのか言い表せないのだが、背筋にぞぞっと悪寒が走った。
「体の相性って何?」
「…………は?」
(え?あ、あの、すんません。今俺ちょうど耳が遠くなったみたいでよく聞こえんかったのですが?)
聞き間違いだと信じて、長い沈黙のあと大吾はもう一度言ってくれるよう促した。
「だからね、体の相性って何?セックスにいいとか悪いとかあるの?」
(なるほど、俺の耳正常やったんやん!良かったわーこれで耳鼻科行かんですむわ…
「って、よくないわドあほおおおおおお!!!!!!」
「わたしアホじゃないもん!」
「鈴原に言ったんとちゃうから!」
「じゃあなんなの?コップがアホなの!?」
「どうしてそうなんねん!俺が勢いあまってコップ掴んで叫んだからか!」
「…はっ!なんで大ちゃんコップ握ってるの!?……す、すきなの…?」
「そこで照れる意味が分からへんわ!!って、気付いてないならコップどっから来たんや!!??」
そう例の如く盛大にツッコミを入れてから、大吾ははっと我に返った。
自分が気付かなければそのまま論旨がずれ、やがて戻って来ることはないだろう。
戻らずに今のりいこの発言を無かったものにすることも可能だが、それ以上に言及する必要性を感じたのだ。
「な、なんやったっけ?か、かかからだの相性やったっけ…?」
「あ!うん、そうそう!どういうこと?」
そんな話になればどうしても意識して顔が熱くなる大吾に対し、りいこは微塵も恥じらう様子もなく無邪気なままだ。
「そ、それはな…どう説明したらええのか…だいたい俺も身を持って体験したことないから実感湧かないっつうな…」
話題が話題なだけにだんだんと尻すぼみになってしまう。
煮え切らない大吾の説明に、りいこはむぅと頬を膨らませた。
「もー!大ちゃんはっきりしてよ!」
「す、すまん…。俺もなんか男としてだんだん情けなくなってきたわ…。体験したことないって言い訳やんな…」
はは、とつい自嘲がこぼれ、視線は自然と虚空をとらえる。
そんな大吾に「むうう」と唸り声を上げていたりいこだったが、何を思い立ったのか突然すっくと立ち上がり、ぎゅっと大吾の腕を引っ張った。
「じゃあ、体験すればいいんだよ!」
「…は?」
りいこに引っ張られて腰を浮かせながら、大吾から素っ頓狂な声が漏れる。
「大ちゃん、やるよ!(`・ω・´)」