その後は、「他の方とも踊ってはいかがです?」とプリエさんに促され、お言葉に甘えることにした。
キャロルさんと和やかに一曲、ビスちゃんとは途中から足の踏み合い合戦に突入(結果惨敗)。
再び会ったアイちゃんと踊る頃にはだいぶ慣れたように思う。
じゃあ、とアイちゃんにお別れを告げて、辺りをキョロキョロと見回す。
その時だった。
「ヨシ!」
忘れようはずもない声。ビクッと肩が震えた。
一度大きく深呼吸をして、振り返る。
「レンカさん!」
そこにはずっと会いたかった人の姿。
急に目と鼻が水分を帯びる。やばい、泣きそう。
レンカさんがこちらに駆け寄ってくる。その前にこの情けない顔を誤魔化さないと。
今にもだらしなく垂れそうな鼻水をズズッと啜った。
「随分久しい気がする。」
「そっスね!」
「まさか道中あそこまで寒さが厳しいとは」
…………あれ?
ちょっと待って、ちょっと待って。
レンカさん普通に話進めるんだけど。
いや、僕としましても?
何年かぶりの再会レベルに今めちゃくちゃ嬉しいし泣きそうなんだけど、
その前にドレスの感想言わせてほしいというか、見惚れる時間くださいっていうか……
「ラプリエは寒さが苦手だろう?大丈夫だったか?そういえばラプリエは……」
うわーー!!!
だからさ!!なんでそっちに行っちゃうかな!?
プリエさんの心配は分かるし、嬉しいけど、もっと、こう……
俺も内心テンパってるわけで、装ってテンション上げてるわけで、空元気なわけで、
「ドレス!!!」
「は……?」
ほらねーー!!!結果これですよ!!!
テンパった挙句、変なこと口走っちゃったよ!!
今、ものすごくこの場から逃げ出したい。
遠目で見てるマコさんの視線が痛い。かわいそうなものを見る目はやめてください。
しかし、だがしかし、もうどうとでもなれ!!これがきっかけでそっちに話題移れば結果オーライだ!!
「…………あ、ああ!!ラプリエはドレスなのか?それは私も見たい。」
「…………うん。」
この会話で相手がレンカさんだったら至極当然な流れになったぞ。
きっとこの人、自分がドレス着てるって忘れてるんだろうな。
どんだけ綺麗なのか自覚してないんだろうな。
体のラインが分かる格好って水着以来だし、水着とはまた違った色っぽさがあるんだけど、
僕がこうして立っていられるの結構奇跡に近いんだけど、
その辺もろもろ絶対伝わってないよね。断言できる。
「ヨシ…?大丈夫か?気分でも悪いのか?顔色が良くないぞ。」
「大丈夫です……」
介抱もおいしいのですが、今はここで倒れるわけにはいかないのです。
そう、まずは一つ目クリアしたんだから!!ちょっと想像と違う展開になっちゃったけど。
レンカさんのドレス見られたじゃん!すごく綺麗です、ありがとうございます!!
二つ目!レンカさんと踊りたい!!
「それよりレンカさん、良かったら俺と一曲踊りません?」
「……それなんだが……」
嫌な予感がする。十中八九断られる予感が。
「その、ダンスというものは初めてで……ヨシには悪いが……」
レンカさんは言葉を濁すが、言いたいことは嫌でも分かる。
なんでこういうことにかけては予想が的中するかなぁ…。
内心どうしようもなく凹む自分に、いやいやそこで諦めてどうする!と、蹴りを入れる。
吉宗!今なら押せば取り返せるぞ!!
「だったら、俺が教えますよ。」
「いや、だが……やはり私には柄じゃない…」
「だーいじょうぶですって!柄じゃないかどうかはやってみてから言うもんです。」
「……そういうものか?」
「そーです!!」
と、まあ半ば強引にレンカさんをダンスレッスンに招き入れることに成功。
自分の粘りに自分で自分にガッツポーズを捧げたい。
早速レッスンを開始したものの、社交ダンスがフォークダンス以上にかなり近い距離感だということを、
今更ながらに実感させされた。向かい合うこの体勢がまた心臓に悪い。
脳味噌は「近い近い近い!!!」と大絶叫。
こんな距離なら腕を伸ばせば簡単に抱きしめてしまえるし、ちょっと顔を倒せば……
ってそんなことしないけど!!できるわけないし!!
平静を保つのがやっとで、自分が何を喋っていたかも定かではない。
それでも徐々に慣れてくると、レンカさんの上達ぶりに感心する余裕ができた。
なんて偉そうな口を利いてるけど、自分も初心者なんだけどね。
「で、次は右右、クルっとターン。そうそう!やっぱレンカさん飲み込み早いッスよ~」
「そうか?」
レンカさんははにかむ。
あ、とシャッターを切った。
ダンスを踊れるようになって喜ぶレンカさんの顔、きっと僕しか知らない。
じんわりと胸が暖かくなる。
こうやって、すぐそばで彼女の声を、気配を、体温を感じて、思い知る。
好きだ。
レンカさんが好き。すごく好き。
このまま独り占めできたらいいのに。時間が止まって、いつまでも。
「ヨシ、次の曲は通してやろう。今ならできそうな気がする。」
自信満々で意気込む姿は、まるでバッターボックス入り前の打者だ。
「いいッスよ!臨むところだー!!」
僕も拳を握り締めて答える。
レンカさんのこんなところも好きだ。いつも一生懸命なところ。
「右、右、」
「そう!で、」
「「ターン!」」
「ヨシ!!」
「できた!レンカさんできたー!」
パシン。
ハイタッチの清々しい音が響く。
レンカさんはスキンシップが多い割に、滅多に全身で感情を表現しない。
それは今も同じで、だから分かる。
ああ、今すっごく喜んでるな、って。
それが僕にとってどれだけ大きな意味か。舞い上がって、他のこと全部忘れるくらいで。
だからあんなことしたんだ。
ずっと用心してたのに。バカだな、レンカさんのそばを離れるなんてさ。
「俺ちょっと飲み物取って来るッスね~」
「ああ」
もしかしたら、レンカさんも同じ気持ちかもしれない。
今は弟としか見られなくても、そのうち気が変わるかも。
自分を話し易い異性だと認識してくれているだろうし、ありのままの自分でいられる、みたいなさ。
結局のところ居心地の良さなんじゃないの?なんでも気兼ねなく話せる存在って大事だよ!
もし俺が自分の気持ちを伝えたら……
人混みの間、レンカさんがこちらを見ていた。
グラスを持つ手を上げかけて、気づく。
(僕じゃない)
違う。目線が交差しないからじゃない。
知ってるからだ。よく似ている。引出しの中の写真。それはいつも同じ人を見つめていた。
切なげで寂しそうで、それでいて真剣な眼差し。
僕はいつもそれを横から見ていた。
反射的に後ろを振り向いてしまいそうになる。そこに誰がいるのか確かめたくなる。
だけど、あまりにも惨めだ。悔しい。
僕は精一杯の虚勢を張った。
服の袖で額の汗を拭う。汗なんて掻いてやいないのに。
でも、虚勢のつもりのそれはちょうどいいカモフラージュになった。
悔し涙は塩辛い。
気持ちを伝えたら何が変わるんだろう?
レンカさんが俺を好きになる?ありえないだろ。だって、そうだ、知ってた。
知ってるから、あの人が壁際にいるの分かってて、視界に入れないように常にアンテナ張ってたんだ。
我ながら嫌気がさす。なんて臆病で卑怯なんだろう。
レンカさんのことだ。ドがつくほど鈍い人だから、自分の気持ちに気付いてないんだろう。
あの人の元に行きたいんだろうな。
僕はそれを許せるかな?嫌だな。まだ隣に居てほしいよ。
『何の権限があって?』
ただ好きなだけ。好きになってもらえる可能性なんて1ミリだってない。
百歩譲って彼女の隣を手に入れたとしても、彼女の帰る場所に僕の居場所はない。
吉宗、お前はここで死んでく運命だろ。プログラムの分際で、人間の彼女を幸せにできるのか?
答えは最初から決まっている。
「レンカさん」
「ヨシ、遅いから何かあったのかと……ヨシ?」
「あっちにれっくん先輩いましたよ~^^踊らないんスか~?」
「なっ…!!レクスのことはその……ヨシが気にすることではない!」
「まあまあそう言わずに。俺と練習したからバッチリッスよ!自信持って!」
あの人の方を向くように、レンカさんの背中を押した。
お願いだから、もうこっちを向かないで。結構いっぱいいっぱいなんだ。
もういいよねって瞼で涙を堰き止めてる状態でさ。
「そこまで言うなら……」
レンカさんが一歩、僕から離れる。
「行ってらっしゃい」
「ヨシ……?」
どうやら言葉より動作の方が素直なようで、僕はレンカさんの手首を掴んでいた。
でも、困る。今は嘘つきな言葉に頼るって決めたんだ。
「ほら、最後だから。景気づけ、みたいな?」
「なんだそれは。よく分からないぞ。」
レンカさんの声笑ってる。あーでも、俺は泣きそう。
「ヨシ、それじゃあ…」
レンカさんの上半身がこちらを向こうとしている。まずい。
「あー!!ほら!れっくん先輩取られちゃうぞ~!」
無理矢理、前を向かせた。ぐっと背中を押したから、レンカさんは前のめりに転びかけた。
「あ!すんません!大丈夫ッスか!?」
「ヨシ!次会ったら覚えておくんだな!」
そう言い残したレンカさんの声は弾んでいた。
遠ざかってゆく背中を見えなくなるまで見送ろうと思った。
でも、人混みに紛れてすぐにその姿を見失った。ああ、手放すのはこんなにも呆気ないんだ。
「俺、これで良かったんだよな」
生まれた時から分かり切ってる。
だれかの未来を背負うことなんてできない。
それでも僕はレンカさんのことが好きだから、彼女の幸せを願ってやまないんだ。
そこに僕がいなくたっていい。
でも、彼女の言った“次”を待ち遠しく思う。
だから、ねえ、わがままかな?弟のままでいいから、まだレンカさんのそばに居たいよ。
この気持ちは何があっても伝えないから。