自宅であるスパルティート家の屋敷に着くと、ロイドは紙袋をそっくりそのままスーに手渡した。
食料保存庫、物置、その他収納スペース諸々については完全にノータッチだからだ。
スーもそれを了解しているので、文句も嫌味もなくごく自然に受け取る。
スーが買い込んだ食料、その他日用品をそれぞれあるべき場所にしまっている間、ロイドは当然居間に鎮座しているものと思っていた。
しかし、そこそこの広さを誇るリビングのどこにもその姿は見えない。
スーは首をひねったものの、深刻に思うことはなく、自分の作業を続けた。
すべてをしまい終えると、居間にその足を向ける。そこには先ほどまではなかった茶色の頭。
ところどころ毛色の違うその茶髪をかすかに揺らして、ロイドがスーを仰ぎ見る。
20センチの身長差があるのにそうなるのは、スーは床に立ち、ロイドはソファに腰を下ろしているからだ。
「ここ座って。」
と、ロイドはスーの手首を引き、自分のとなりをポンポンと叩いて示す。
なにごとか、と不思議に思いつつ、スーは言われたとおりそこに座った。
するとロイドは腰をかがめて、ソファの前に位置するテーブルに置かれた『平たい何か』に手を伸ばした。
スーはじっとその手の動きを追っていたが、『それ』がロイドの胸の前に持っていかれて初めて合点がいった。
「レコード?」
スーはこれでも音楽一家に生まれた端くれだ。レコードならばよくよく見慣れている。
「ああ」
ロイドはスーの目を見て柔らかく微笑んだ。
『にやり』とか『にやにや』とか、およそそういった効果音をつけたくなるような笑い方ばかりする人だから、スーは一瞬その優しい笑顔にぽかん、と口を半開きに見とれた。
続くロイドの言葉に我に返り、頬を両手で覆ってなんとか誤魔化す。
「この前屋敷で見つけたんだ。たまたま手に取って聞いてみたんだけど、そうしたら聞き覚えのある曲でさ。」
屋敷、とは今いるこの建物のことだ。
スーの父親もその上の代も、骨董を集める趣味はなかったので貴重品の類はほとんどない。しかし、レコードだけは膨大な数が取り揃えられていた。主にクラシックだが、なかにはごく最近の曲もある。
「スーに是非聞いていただきたく。たぶん君も聞いたら驚くと思う。いや、懐かしい、かな。」
ロイドはそう言葉を締めて、レコードをケースから取り出した。
スーはロイドのその動きを見て、「蓄音機の準備を」と立ち上がったのだが、ロイドにやんわりとたしなめられる。
渋々ソファで居住まいを正すだけで、その様子を見守ることにした。
ロイドは慣れた手つきで蓄音機の針を上げ、レコードを滑り込ませる。ことんと針が落とされて、室内にバイオリンの音色が溢れ出した。
スーはその一音目から、それがなんの曲かを知る。忘れようはずもないのだ。
確かにスーはその曲を聞いて、『驚き』、同時に『懐かしみ』もした。
「大音楽祭でセレナーデ・タイムに、初めてロイドと踊った曲、よね?」
「そう。」
『俺の一日をあげる』と言ったロイドの姿を、スーは今も鮮明に思い描くことができる。切なく、きゅんと胸を締め付けられる感覚。
当時から自分は彼に焦がれてならず、けれど気持ちを吐露する勇気もなく。
時が止まってしまえばいい、この曲が一生奏で続けられればいいのに、と叶うはずのないことを願った。
スーが思い出に浸っていると、ロイドから「ねえ」と声がかかる。スーは顔を上げた。
すると、いつの間に退かしたのか、スーの座っているソファの前にあったテーブルが取り払われ、
代わりに、ロイドがそこに跪いている。
「一曲、俺と踊っていただけませんか?」
彼はごく稀に、こうやって気障なことをしてみせる。
この曲で踊ったあの日だって同じで。今のように彼女の前に跪いて、彼女に手を差し出して。
気障だと分かっていながら、彼女はどうしようもなく『こういうこと』に弱い。
それを彼も分かっているから、目の前にいる人が自分の手を取ってくれることを知っているから、躊躇いがないのだ。
彼女は溶けそうなくらい極上の笑みを顔中に咲かせて、
「ええ、喜んで。」
と、跪く彼の手を取った。
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SNSでのみつ子さんのロイドくんの日記事がもうほんと萌えてやばくて…リスペクトして誕生した小話。
しかしタイトルからネタバレですよね、これ。まあいいか。
実はこれの続きがまだあります。ただの小ネタですけどね!しょうもないオチ…