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それなりに長さのある文章置場兼描いたもの置き場。 よそ様のお子さんをお借りすることもあります。その時は親御さんの名前を明記いたします。
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ベゼの過去話その1。長寿だから過去もくっっそ長くて私が吃驚した。
とりあえず始祖になるまでの話。












私はかつて取るに足りない魔物のひとつだった。
日に当たると焼け死ぬため、日中は洞窟や物陰を探し求めて夜が来るのをじっと待った。
力の弱い魔物は群れをなしてその種の保存を測るのが常であり、私もまた例外ではなかった。お互いの区別もつかぬような単一の集まり。群れの内のどれかが残ればそれでいい。どれが居なくなろうが減ろうが気にも留めない。

だから、私以外の群れの個体がことごとく駆除されようと、私は悲しいとも寂しいとも、一切の感慨を抱く事はなかった。
駆除されるのはただ単に生存競争に負けただけの事。生き延びた自分は運が良かった。ならば命費えるその時まで活動を続けるのみ。

当時の魔都は今ほど夜の時間が長くはなかった。昼間の日差しをどうやり過ごすか。それが肝要であった。
魔都の、とりわけ街中であれば身を潜めるのに適した場所なぞそう多くはない。
私は太陽から逃れるべく丁度いい隠れ家を探した。そうして見つけたのがどこぞの屋根裏であった。暗く、じめじめとして居心地が良かった。


あの子に出会ったのは何度目かの夜明けをその屋根裏で迎えた折だ。

「あなたはだあれ?」

明確な音が、何か意思を持って暗闇を裂いた。
突然の事にひどく驚いた私は、己の身を少しだけ肥大させた。

「不思議。黒い塊が少し大きくなったわ」

私は名を持たない。その程度の魔物であった。
それもそのはず。闇を糧としてさまよい浮遊する黒い塊。それが私たちの種だ。
どうやら人の三半規管に軽度の影響を及ぼす超音波も発しているようなのだが、当時の私がそれを自覚できようはずもない。
黒い塊に過ぎない私には、聴覚はあれど視力はない。
ゆえに安全と思われた隠れ家に突如襲来した物音にそれはそれは狼狽した。もはやこれまで。絶望した私は気分と比例するように身をすぼませた。

「あら、今度は小さくなった!」

声は先ほどよりも高く上がった。その後に、まるで弾むかのように『ふふふ』と同じ音の羅列が続く。

あの子は初めて目にしたはずの魔物の私を、友達のように親しげに扱ったのだ。


結論から言えば、私の命がその子に脅かされる事はなかった。

あの子と私の活動時間は昼夜が全く逆転していた。私が屋根裏に来るとあの子は起き出して仕事に向かう。あの子が仕事を終えた頃には、私は夜の闇を食らうべく外に飛び立っている。
それゆえ接する時間というのはごくわずかであり、月が現れ月が消えるのを何度も繰り返しながらも、私が覚えているあの子の情報は一握りに過ぎなかった。

私は専らあの子の話を聞くばかりであった。
心地よい闇の中でぽつりぽつりと紡がれるあの子の声は、どんな楽器の音色よりも私を安堵させた。なぜだかもっと聞いていたいと思わせた。
だからこそ夜が深まるのがどこか惜しく感じられたのだ。自分は聞くばかりだというのに。闇の中でしか生きられないというのに。

ささやかなこの交流を当たり前に享受するようになっていたあの頃。
私は何の疑いもなく、この時が永久に続いていくものだと信じきっていた。



「コレガアナタノカタチ?」

「……………………しゃべった」

長い長い長い沈黙の後、あの子は二つの丸を閉じたり開いたりさせた。
思い返せば、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなくなり、何度も瞬きをしたのだ。

視覚と発声法を有した私が初めて目にしたのは、筆舌に尽くしがたい奇妙な“形”であった。
今となってはすっかり見慣れた人間の顔かたちも、事前情報も何も与えられていない私にはただただ違和感しかなかった。
あの心地よい音はなんと楽器ではなかったのだ。いや、楽器の形すら知らなかったわけだが。

「シャベレルヨウニナッタ」

「…………そうなんだ……そうなんだ……わーーーーー!!!」

そんな風に叫びながらあの子は私の居る辺りに突進してきたのだが、視認はできる黒い塊なれど実体はない。当然のように床に強かに額を打ち付けていた。

あの子は嬉しいと言った。私とおしゃべりできる事が嬉しい、と。
そうして瞬く間に夜が濃くなった。長居し過ぎの私の空腹を心配したあの子は、せっつくようにして私を屋根裏から追い立てた。

「明日からいっぱいいっぱいお話しようね」

それが、私が聞いたあの子の最後の言葉だ。


その屋根裏はこれまでと変わらず、暗く、じめじめとしていた。
ただ違っていたのは、どこかまとわりつくような淀んだ空気が漂っていた事。いつまで待ってもあの子の声が聞こえない事。

昨日はなかった、床に転がるあの子の“形”がそこにある事。

まだろくに記憶できていない。果たしてこれがあの子なのだろうか。
こんなところに穴が開いていて、つるつるしていて、こんなふうに濡れていただろうか。

「ネエ」

話しかけてみたが答えてくれない。あの子は約束を守る気がないようだ。
仕方がないので出直す事にした。

「ネエ、ハナソウ」

やはりあの子は話そうとしない。昨日と同じ方向に首を曲げて水たまりの中で寝ている。
夜が深くなったので私は後ろ髪を引かれる思いで屋根裏を跡にした。

「ネエ、ネエネエネエネエネエネエネエネエ」

ずっと、ずっと同じ格好であの子は横になったままだ。
かすかに光っていた瞳はいまや濁りきって落ちくぼんでいる。水たまりはもうない。代わりに床板がシミになっていた。とくに頭の周りと股の辺りの汚れが目立つ。

あの子が死んだ事に気づけたのは、肉も内蔵もすっかり腐り尽き、皮膚は乾燥し、なんとか人の形を保っている、そんな頃合いだった。
そういえば、とふと去来した記憶。
かつて駆除された群れの同種たち。あれらは全部、その後もう二度と会う事はなかった。

それと同じだ、と。

あの子もまた何らかの経緯で、“駆除”のような目に遭ったのだ。
だから死んでしまって、話せなくなって、約束も果たせず、私はあの子の声を聞けなくなった。

理解が及ぶようになった私は、それからというものただただ泣き叫び続けた。
自分のこの行為がどういった情動に寄るものであったのか。今でこそ分析のしようがあるというものだが。

何の事情も預かり知らぬ人間たちからすれば、私のこの奇行は廃屋から夜な夜な響き渡る叫び声、という立派な心霊現象の一つであった。
当然気味悪がられ、魔物がのさばっているのだと噂が飛び交い、近隣住民を不安の渦中に落とした。
時を待たずして正義感の強い者たちが対峙に乗り出すのは必定であろう。
私は何人かの人間の男たちに囲まれ、太陽の下に追い出され、呆気なくその身を焼いて死んだ。
造作もなかったろう。その程度の魔物であったのだから。

焼かれ死ぬ際で、私はあの子の事を思い出していた。
死んだ先の事。消滅ではなく、どこか別に行き着く先があるのなら。
私はあの子と同じ場所に行きたい。そこで再会し、もう一度声を聞きたい。今度はその顔かたちをきちんと目に焼き付けたい。

それが叶うなら、死ぬのも悪くないと思えた。

自分を殺す人間の男の顔を見る。
この“形”が私の願いを叶えてくれるのだ。


―――――――――――――


なんとなく予想はつくだろう?
次に私が眠りから覚めた時に目にしたもの。人間にそっくりな指であり手の平であり足の甲だ。触れればつるりとした感触があって、鼻の出っ張り、目のくぼみがある。
想像してみろ。自分の願いが叶ったと思うのが自然だろう?
まあ、叶っていないんだが。結果、同じ世界の延長線上に始祖として生まれ直した私がいた。
皮肉な事に、脆弱な魔物の私を死に追いやった男の顔を借りてな。然もありなん。その“顔”しか記憶になかったのだ。

ああ、暫く探してみたがあの子はどこにも居なかったな。
当たり前だ。
ここにはもう居ないのだから。











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